学校長あいさつ

 皆さん今日は。私は、観音寺市立大野原中学校校長の大平順一と申します。初代鈴木悠一校長から数えて第16代に当たります。私は、本校へ赴任して2年目になりますが、この間、保護者や地域住民の皆様方には、本校の教育活動に対し、ご理解・ご支援を賜り、厚くお礼申し上げます。
 お陰様で、本校の学校経営目標「きらりと光る大中、信頼される学校」の実現に向けて、職員一同頑張ることができております。私は、学校経営に当たって、「学校は学びの場である」「学校は地域のシンボルである」「学校は協働組織である」この3点を大切にしたい基本姿勢としております。子どもたちは、毎日の授業と集団生活を通して学び成長する、地域という環境が学校を育て支えてくれている、職員同士の共助・協力の精神が学校づくりのエネルギーである・・・このような思いを持っています。
 さて、本校の「きらり!」は、陸上部の活躍、勤労生産学習、生徒会ボランティア活動です。陸上部の活躍については、校長室前廊下の掲示物、校長室の優勝カップの数などで一目瞭然です。毎年、香川の雄、四国の雄として全国大会にも出場を果たしています。勤労生産学習は、今年で23年目になります。15アールの学校田では、1・2年生が、年間サイクルで玉葱、水稲を栽培し、3年生は、一人一鉢の菊栽培を行っています。本校の農業・自然体験活動は、全国的にも注目され評価されています。生徒会ボランティア活動については、生徒会役員が中心となって、挨拶、清掃、福祉体験ボランティア活動などを行い、学校の活力づくりに頑張っています。
 最後に、今後とも、子どもたち一人ひとりの成長・発達を願い、和を持って任を尽くす、介を貫く、健を保つ、校訓である「和・介・健」の精神を職員一人ひとりがしっかりと意識することにより大中教育の発展・充実に努めてまいります。

平成20年4月吉日

学校経営の構想


学校沿革


校区の概要

 本校校区は,香川県の西部に位置しており,多くの古墳が見られるように古くから開かれた土地であったが,扇状地形であるがために水利の便が悪く・不毛の土地が多かった。寛永15年頃に西嶋八兵衛が井関池を構築し開墾に着手し,それを引き継いだ平田与一佐衛門正重の長年にわたる努力で美田として生まれ変わり,今日まで引き継がれている。
 昭和30年2月に大野原村,萩原村,五郷村が合併して町制をしき,さらに同年4月,紀伊村の大部分を合併し大野原町となった。平成17年10月に大野原町は豊浜町とともに観音寺市と合併し香川県の最西部の人口約7万人の新観音寺市としてスタートを切って3年目である。水稲やレタス,タマネギなどの野菜栽培が伝統的に盛んであるが,就農者の老齢化や兼業化が進んでいる。
 また,最近では工場誘致なども進んできており,農業・工業・商業の調和をめざし産業・経済的環境は,大きく変わってきている。
 校区は山間部から海岸部まで広範囲にわたっており,四国八十八ケ所霊場第六十六番札所雲辺寺や我が国最初期のマルチプルアーチ式コンクリート造堰堤「豊稔池」が有名である。
 中学校では,紀伊萩原,大野原の三小学校から新入生を迎えている。家庭・地域の学校教育に対する理解は深く,協力的である。また,積極的な生涯学習の推進など教育全般についての関心も高く,その取り組みは熱心である。


アクセスマップ

アクセスマップ

生徒数

  1年 2年 3年 合計
62 72 75 209
68 59 56 183
130 131 131 392


校訓

校訓

校章

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校歌

校歌